こんにちは、mikan(ミカン)のスタッフです。
「福祉」と聞くと、なんとなく難しそうな制度をイメージする方も多いかもしれません。でも、そのルーツをたどっていくと、実はとてもシンプルで、あたたかい歴史があります。
今回は、「福祉って、そもそもどうやって生まれてきたんだろう?」という、歴史のお話をお届けします。
歴史を知ることは、今の福祉サービスやグループホームがなぜこの形をしているのかを理解する、いちばんの近道です。
制度や言葉は時代によって変わっても、その根っこにある誰かを思いやる気持ちは、ずっと変わらず受け継がれてきました。
そのつながりを、少しでも感じていただければと思います。
この記事では、その願いが長い時間をかけてどのように形になってきたのかを、一緒にたどりましょう。

「福祉」の語源

「福祉」は、もともと「幸福」「しあわせ」を意味する言葉から生まれています。「福」も「社」も、それぞれ単独で「さいわい」を表す漢字です。
英語では「Welfare(ウェルフェア)」と表現されますが、これも「よく生きること」「健やかであること」を示す言葉です。
つまり福祉とは、制度や仕組みである前に、「誰もがしあわせに、安心して暮らせるようにしたい」という願いそのものなのです。

はじまりは、ご近所同士の「助け合い」でした

奈良時代〜

福祉というと、法律や仕組みをイメージしがちですが、そのはじまりはとてもシンプルです。
まだ「福祉」という言葉が使われる前、昔の日本では、村の人たちが自然に助け合って暮らしていました。

昔の暮らしの中にあった「助け合い」

  • 🍊 お米が足りない人に、少し分けてあげる
  • 🍊 具合が悪い人を、近所の人が様子を見に行く
  • 🍊 子育てが大変なときは、周りの人が手伝う
  • 🍊 火事や水害のときは、村全体で建て直しを手伝う

こうした「困っている人がいたら、そっと手を差し伸べる」という気持ちこそが、福祉の原点です。
制度がなくても、人と人とのあたたかいつながりの中に、福祉はすでにあったのです。
実際、奈良時代には聖徳太子や光明皇后が、困っている人や病気の人を助けるための施設をつくったという記録も残っています。これは、今でいう福祉施設のはしりです。
この助け合いの精神は、世界共通のものだったのかもしれません。
たとえば16世紀末のイギリスでは「エリザベス救貧法」という制度がつくられ、貧しい人々を地域で助ける仕組みが少しずつ整えられていきました。
また19世紀のドイツでは、世界で初めて国による社会保険の仕組みがつくられ、病気やけがをしたときに国が生活を支える、という考え方が生まれています。
時代も場所も違っても、「困っている人を放っておけない」という気持ちは、人間の社会に共通して存在していたようです。
こうした気持ちは、日本でもやがて「国の仕組み」として形になっていきます。

明治時代、はじめて「国の仕組み」が誕生

1874年〜

時代が進み、明治時代になると、国としての支援の形が少しずつ生まれてきます。
1874年には「恤救規則(じゅっきゅうきそく)」という制度ができました。
これは、身寄りのないお年寄りや障害のある方、子どもたちを助けるための、日本で最初の公的な仕組みです。
ただ、当時はまだ「困ったときは、まず家族や地域で支え合うもの」という考え方が強く、国が支援できる範囲はとても限られていました。
本当にどうしようもない、身寄りのない人だけが対象という、今と比べるとかなり狭い制度だったのです。
それでも、困っている人を家族で支え合うという気持ちが、国の仕組みとして少しずつ形になり始めた大切な一歩でした。
この後、大正から昭和のはじめにかけては、民間の篤志家による孤児院や救護施設づくりも各地で広がっていきます。
こうした草の根の活動の積み重ねが、のちの社会福祉事業の大切な土台になっていきました。

戦争のあと、「みんなで支え合う」考え方が広がる

1946年〜

大きな転機になったのは、第二次世界大戦のあとです。
家や家族を失った人、生活に困る人がとても多くなり、「これは一人ひとりの努力だけでは、どうにもならない」という現実がありました。街には行き場を失った子どもたちや、生活の手段を失った人たちがあふれていたといわれています。
そこで、国が責任を持って生活を支える仕組みが整えられていきます。

1

1946年 (旧)生活保護法

戦後の生活困窮者を支えるための最初の法律

2

1947年 児童福祉法

子どもたちの生活を守るための法律

3

1949年 身体障害者福祉法

障害のある方の生活を支えるための法律

この3つの法律がつくられ、いわゆる「福祉三法」と呼ばれるようになります。
さらに、1946年に制定された旧生活保護法は、まだ支援を受けられる人が限られていましたが、1950年に欠格条項がなくなり、現在につながる「新生活保護法」へと改正されました。
ここで初めて、「困ったときは国が生活を保障する」という考え方が、はっきりとした形になります。
その後、高度経済成長期には、知的障害者福祉法や老人福祉法、母子福祉法も加わり、「福祉六法」と呼ばれる体制へと広がっていきました。
「困っている人を助けるのは、一部の人だけの役目ではなく、社会全体で担うもの」この考え方が広まったことこそ、今の福祉制度の大きな土台です。

「同じ場所で、一緒に暮らそう」という発想へ

1970年代〜

1970年代になると、世界中で新しい考え方が広まります。
それが「ノーマライゼーション」という考え方です。
北欧の国々から生まれたこの考え方は、やがて世界中の福祉のあり方に大きな影響を与えていきました。
これは、障害のある人もない人も、特別な場所に分けられるのではなく、同じ地域の中で、ふつうに、自分らしく暮らせるようにしようという考え方です。
それまでの福祉は「施設で保護する」ことが中心でした。
大きな施設に入り、決められた生活を送ることが「支援」とされていた時代もあったのです。しかしこの考え方が広まるにつれ、少しずつ「地域の中で、その人らしく暮らす」ことを応援する方向へと変わっていきます。1981年の国際障害者年をきっかけに、日本でも「完全参加と平等」という言葉が広く使われるようになりました。
グループホームも、この流れの延長線上にある取り組みです。「施設で守られる暮らし」から「地域で自分らしく暮らす」への転換の中で生まれてきた、比較的新しい住まいの形なのです。
大きな施設ではなく、ふつうの住宅街の中で、必要な支援を受けながら自分のペースで生活できることが、この住まいの形が大切にしている価値観です。

これからの福祉が大切にする「共に生きる」という視点

2000年〜

2000年には介護保険制度がスタートし、高齢者の暮らしを社会全体で支える仕組みが広がりました。
その後も、障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)の制定などを通じて、障害のある方が自分らしく暮らせるよう、少しずつサービスの選択肢が増えています。
今、よく耳にする言葉に「地域包括ケア」「共生社会」というものがあります。
これは、高齢者の方も、障害のある方も、子どもたちも、誰もが、住み慣れた場所で、自分らしく暮らし続けられるよう、医療・介護・福祉・地域が一体となって支えていこう、という考え方です。
年齢や障害の有無で暮らす場所が分けられるのではなく、同じ地域の中で誰もが自分らしい生活を送れることが、これからの福祉が目指す姿です。

まとめ

福祉の歴史を振り返って

福祉の歴史を振り返ると、「助け合い」から「社会全体の仕組み」、そして「地域で共に生きる形」へと、時代とともに優しさが広がり深まってきたことがわかります。
時代が変わっても、根底にあるのは
「しあわせに暮らしてほしい」という願いです。
昔の人たちが育んできた「誰かを思う気持ち」を大切にしながら、利用者さんお一人おひとりの自分らしい暮らしに、これからも寄り添っていきたいと思います。

よくある質問(Q&A)

Q1. 福祉は障害のある人だけのもの? +
A. いいえ、福祉はすべての人に関係する仕組みです。子育て支援、医療、介護、災害支援など、誰もが利用する場面があります。誰もが、いつか支援を受ける側にも、支える側にもなり得るものです。「自分には関係ない」と思われがちですが、実は多くの方がすでに何らかの形で福祉サービスとつながっています。
Q2. 「福祉」と「介護」って、何が違うの? +
A. 「介護」は、食事や入浴のお手伝いなど、体を使ったお世話のことです。「福祉」はもっと広い言葉で、暮らし全体の安心を支える制度や仕組みすべてを指します。介護は、福祉の中の一つの分野と考えていただくとわかりやすいです。ほかにも、子育て支援や生活相談、住まいの支援なども、すべて福祉というより大きな枠組みの中に含まれています。
Q3. 福祉と社会保障は同じ意味? +
A. 少し違います。社会保障は、年金や医療保険なども含めた、生活のリスクに備える仕組み全体を指す言葉です。福祉はその中の一分野で、高齢者や障害のある方、子どもなど、特に支援を必要とする方への支援を指すことが多いです。
Q4. 「グループホーム」という言葉自体は、いつ頃からあるのですか? +
A. 日本でグループホームという仕組みが広がり始めたのは1980年代後半~1990年代にかけてです。ノーマライゼーション
の考え方が浸透していく中で、大きな施設に代わる新しい住まいの形として少しずつ増えていきました。
Q5. グループホームに入ると“自立できない”のでは? +
A. そのようなことはありません。グループホームはできることを増やすための支援であり、自立に向けたステップとして利用される方も多いです。必要な部分だけ支援を受けながら、自分でできることは自分のペースで続けていく。そうした暮らし方を実現するための場所です。